株式会社唐澤建築設計

唐沢社長

建売り住宅は、注文住宅に比べて価格が安く、建築の手間や段取りも必要ありません。そのため、手軽に新築を購入したい方や、投資用物件としても人気があります。

ただし、その土地、環境にあわせて、ユーザーの求める設計が的確にできていなければ、買い手がつかず売れ残ってしまうリスクがあります。

でも、それは一般常識にすぎません。
これから紹介する、唐澤建築設計の唐澤社長によれば、売れ残りが出ない設計は可能だと言います。

そこで、唐澤社長が手掛ける建売り住宅では、なぜ売れ残りがでないのか、唐澤社長の経歴と一緒に、その秘密について詳しくご紹介します。

営業職から建築家へ、過酷な下積み時代

スタッフ

唐澤社長はもともと、営業マンをされていたんですか?

唐澤社長

はい、大手の不動産会社で10年くらい、新築と中古のマンションを売っていました。

スタッフ

どうして建築士になろうと思ったのですか?

唐澤社長

妻が大病を患ってしまい、営業職は続けられなくなってしまったんですよ。
子供も2人いましたし、家のこともやりながら出来る仕事に転職する必要がありました。
当時、会社では役職もあったので周りに迷惑をかけられないっていうのもありましたね。

スタッフ

売る側から造る側に転身されたんですね。

唐澤社長

最初は建築現場の監督補佐というポジションで、建築を学びはじめました。
現場監督は朝が早いのですが、夜は比較的早く帰れるので、家事との両立ができたんです。
でも、業界のことは全く何も知らなかったので、本当にゼロからのスタートでしたよ。

スタッフ

未経験から現場監理のお仕事、苦労されたのではないですか?

唐澤社長

業界用語も知らなかったので、よく職人さんに聞き返しては、こんなこともしらないのか!と怒鳴られましたよ。
自分が知らないことがあるのは仕方ないとは思っていましたが、風当たりも強かったですね。

30歳を超えて業界に入ってくるやつは、よほど変なやつだろうって、ずっと無視されていました。
職人さんたちも、無視していたらそのうち辞めるだろうって口を揃えて言っていたみたいです。

唐澤社長

仕事も最初は、掃除や雑用などコマ使いのような仕事でしたね。
しかも、自分が掃除をしたそばから、木くずを2階からかけられたり。
ちょっと口では言えないような陰湿な意地悪をされたこともありましたね。

スタッフ

過酷な修行時代だったんですね。
でも、そこまで建築にこだわったのには理由があるんですか?

唐澤社長

家族がいるのはもちろんでしたし、建築をやるって自分で決めた時に、退路は断っていました。

5年、10年先を考えた時に、やりきらないとしょうがない、だから振り返れない、そう考えていました。

スタッフ

ご自身でやらなきゃいけない環境にしていたというわけですか。
でも、その時の現場での経験が、唐澤社長の基盤になっているわけですね。

唐澤社長

当時は、仕事をしながら並行して夜間の学校にも通っていましたよ。
二級建築士と施工管理技士の資格も取りました。

スタッフ

仕事をしながら家事もして、さらに学校にも通っていたんですか?

唐澤社長

自分でやろうと決めて始めた建築の世界だったので、ここで諦めたらダメと、自分でもかなりプレッシャーをかけていました。

営業の時に比べると、年収は半分以下になっていましたし、営業の時の退職金を逆算すると3年で底を尽きるのが分かっていました。

そこであえて、期限を決めて勉強も同時進行で始めたんですよ。

再び、販売業界で施工の監理取得

唐澤社長

スタッフ

3年ですか、その後はどうされたのですか?

唐澤社長

再び販売業界に戻りました。
幸い、娘に家事を手伝ってもらえるようになったので、生活の基盤を戻すためにも歩合のいい営業職に就きました。

スタッフ

建築の業界を勉強してからだと何か変化はありましたか?

唐澤社長

営業の仕事は好調でした。
もともと営業をやっていたので当然ではありますが、建築の勉強をしていたおかげで他の営業マンにも差を付けられたのかもしれません。

さらに、営業と建築の仕事がどちらもできることがかわれて、企画や施工監理が勉強できる会社に移ることもできました。

スタッフ

売る側だけでなく、造り手側のお仕事も始められたのですね。

唐澤社長

東日本の統括部長という役職をもらい、毎日のように地方を飛び回ってはいろんな現場の施工監理を任されました。

仕様の決定や業者の選択など、さまざまな采配をしていました。いろんな権限もたされていたので、かなり勉強になりましたよ。

もちろん、営業をしながらも建築の勉強は続けていました。

スタッフ

それで最終的に建築士の資格をとられたのですね。

唐澤社長

はい。
勉強をしながら、土日は設計のアルバイトをして、実務はそこで勉強しました。
そして今から10年前、45歳の時に独立したんです。

普通は図面が描けても販売はできない

唐澤社長

スタッフ

独立までは大変でしたか?

唐澤社長

妻が倒れて、生活の環境が大きく変わるってタイミングに、免許や資格をとるというのは今考えると少し無謀だったかもしれません。

でも、もともと自分はものづくりがやりたかったんですよ。
学生の頃は車のエンジンの設計がやりたいと思っていました。

それで、ものづくりって考えたら建築と繋がって。

大変な時もありましたが、その度に営業にもどるのは簡単だけど、ここであきらめたら一生ものづくりの仕事はできないだとう、と思って耐えてきました。

なので、初めて建築の現場で、監督補佐の仕事をした時から、ブレずにここまでこれたんです。

スタッフ

でも、これまでの販売、現場管理など、他の建築士さんが経験していないキャリアがありますよね。
唐澤社長にしかできない設計があると思いますが、どうですか?

唐澤社長

もちろんです。
私がやっているのは、ただの設計ではありません。
自分で売れると思った物件を設計しているので、当然売れます。

スタッフ

設計士の方の多くは、販売や管理の経験がありませんからね。

唐澤社長

建物は同じ様に見えますが、売れるか、売れないかは全然違います。

取引先の中には、売れているのが当たり前になって、今度はコストを抑えようと別の設計士さんに乗り換えられたところもあります。
結局はうまくいかず、当たり前のように売れることがどれほど難しいのかに気づいて、また戻ってきてくれましたけどね。

おかげさまで口コミが広まって、個人の方からも、職人さんからも直接依頼がくるようにもなりました。

スタッフ

そうなんですね。
では最後に、設計で一番大事にされていることを教えてください。

唐澤社長

「ここに、こんなものがあったら良いよね」とか「便利だよね」といったお客様目線で考えるのはもちろんですし、逆に「こういうの付けちゃうと売れないよね」といった、売り手の目線も設計に反映します。

スタッフ

多角的な目線で設計をするわけですね。
こればかりは、ほかの設計士さんではマネできませんね。

唐澤社長

やはり、お客様の気持ちになりきれない建築士の方はいると思います。
顧客ニーズが明確にイメージできていないんですよ。

私の場合は、こういう層のお客さんに売れるだろう。
何歳くらいの、このぐらいの人たちが買うんだろうな、といったお客様のイメージが頭の中で想像できるんですよ。

だから失敗しないんだと思います。

でもそれには、これまでのいろんな経験が活きているのは間違いないと思います。

まとめ

唐澤社長

造る人の気持、売る人の気持、そして住む人の気持、家づくりに関わるすべての人が抱える気持ちを知っているからこそ描ける、唐澤社長ならではの設計がありました。

圧倒的な視野を持つ唐澤社長が設計されたお家、売れ残る理由などありません。

戸建ての購入で絶対に失敗できない、失敗したくない方は、ぜひ相談されてみてください。

会社名 株式会社唐澤建築設計
代表者名 唐澤政彦
住所 〒178-0064
東京都練馬区南大泉3丁目12-11-1F
電話番号 03-5935-4410
公式HP http://www.kac-tokyo.jp/
営業時間 10:00~18:00
主な業務 建物設計・監理・不動産販売
対応エリア 東京・神奈川・千葉・埼玉